誓い合う恋路に波が寄せ返し

「あれーっ、どなたかお助けくださーい!」
とある、能登半島の北端の村の浜辺。日本海というと激しい荒波をつい連想しますが、その日は波穏やかな、凪の海であったに違いありません。村の青年、助三郎は寄せては返す波の音に身を任せながら、釣りを楽しんでいました。すると、浜辺の空気を引き裂くような、娘の叫び声が聞こえました。
「おい!娘さん、大丈夫か?」
助三郎は必死で娘の手を取り、海から助け上げました。
「あ、すみません、大丈夫です」
聞けば娘の名は鍋乃といい、隣村に住む娘。今日は天気も良く海も静かだったので、岩場でサザエを獲っているうちに、足を滑らせて海に落ちてしまったというのです。
鍋乃は、海に浸かり乱れた着物を直しながら、助三郎に感謝を言いました。
助三郎は、鍋乃が何事もなくケガもしていない様子に安堵しながらも、鍋乃を見つめているうちに固まってしまいました。一方、鍋乃もなんのためらいもなく、海に飛び込んで助けてくれた助三郎に、胸が高鳴りました。
助三郎と鍋乃は、一瞬のうちに恋に落ちたのです。

鍋乃

今夜もいつもの浜辺で、かがり火を炊いて、あなた様を待っています。

助三郎

おう!待っていてくれ。必ず行く。

助三郎

長くは待たせない。おれは絶対お前を嫁にする!

鍋乃

きっとよ!助三郎様の言葉を信じて、あたしはいつまでも待っています。

助三郎と鍋乃の住む村は、岬の反対側でした。鍋乃に会うためには、助三郎は急な山道を越えねばなりません。しかし、そんなことは苦にはなりません。浜辺では鍋乃が目印のかがり火を炊いて待っているのです。
一方、鍋乃の村には源治という若者がいました。源治もまた鍋乃を恋しく思っていました。助三郎と鍋乃の噂を聞き、メラメラと嫉妬の炎が燃え上がりました。
「ちくしょう、助三郎の奴!あいつさえいなければ・・・」
ある夜、源治が鍋乃の跡をつけて行くと、ちょうど浜辺でかがり火を炊いているところでした。なんとそこに助三郎が岩場伝いにやって来たのです。目の前で二人の逢瀬を見せつけられ、源治の胸に黒々とした殺意が沸き上がりました。「よし、やろう!」
数日後、いつものように助三郎が漆黒の闇の中、鍋乃を求めてやって来ました。
「あっ、鍋乃の灯だ!あと少しで鍋乃に会える!」
しかし、いつもと様子が違います。ふいに灯が消えました。
「鍋乃ぉ、灯をつけてくれぇ」
助三郎は必死で叫びましたが、波の音がするばかり。
そのかがり火は源治が切り立った岩場で炊いたものでした。
助三郎が(なにかおかしい・・・)と気づいた時、切り立った岩場に立つ足を勢いよく波が襲いました。ウッと呻きながら意識を失った助三郎は、やがて海の底に引きずり込まれてしまいました。

鍋乃

おかしいな、助三郎さん、どうしたんだろう

鍋乃は一睡もせず、朝を迎えました。
(こんなはずはない、あの人は必ず来る・・・)
祈るような気持ちで助三郎を待つ鍋乃に、最悪の結果が待っていました。
助三郎の亡骸が浜に打ち上げられたのです。

(助三郎さんと一生をともにするんだ・・・)
鍋乃が海に向かって姿を消したのは、それから間もない日でした。

鍋乃っていい名前ですね。昔から手鍋さげても、などといわれました。手鍋さえあれば、一生添い遂げられる・・・助三郎は気立ての良い鍋乃の覚悟に気づいていたんでしょうか。結果は悲恋に終わりましたが、奥能登の浜辺に二人は愛の足跡を残しました。奥能登からは北アルプスや立山連峰が、たまさか海に浮かぶ蜃気楼のように見える日があるそうです。浜辺から朝日が上がり、日本海の海原と山並みの美しさに、二人は思わず歓声を上げたかもしれません。

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