岩神の飛石

飛石を電波に乗せてブラタモリ

 

もう2年も経つんですね、NHKの人気テレビ番組「ブラタモリ」の「なぜ前橋は関東の華」の放送から。
さすがのタモリさんも、前橋市岩神町に鎮座する巨石、“岩神の飛石”の大きさにびっくりしたかもしれません。地形や地層に造詣が深いといわれるタモリさんも、巨石の高さが約10メートルに加え、地中に埋まっている部分も10メートル近いと聞き、テレビに映っている表情も驚きを隠せない様子でした。

この飛石はどこから来たんだろう?
周囲を見回してもそれらしい山は見当たりません。昔の人は空中を飛んで来たのかと恐れ、「飛石」と名付け、御神体として大切に祀ったことがわかります。地元岩神の伝承では、ある石工が石材に利用しようと飛石にノミを入れたところ、岩から不気味な声と共に血が流れ出したと言われます。さらに石工本人も祟りにあったかのように、苦しみ死んでしまったとも。

わたくしなどはずーっと身近に親しんできた赤城山から、太古の時代に流れ着いたものと思っていました。実際にそのような学説が主流だったようです。
赤城山は前橋から北東方向、距離も20Kmちょっとです。冬には空っ風が吹き荒れ、5月から6月にかけてはツツジが美しく咲き乱れる身近な山です。赤城山には鍋割山という、鍋を割ったような山があり、そんなこともあって、飛石は赤城山から流れ着いて来たという説に違和感はありませんでした。

この飛石はどこから来たんだろう?
岩神の飛石は1938年(昭和13年)に天然記念物に指定されました。そのため、文化財保護法の制約から検体を採取することができなかったのです。
しかし、思わぬことから飛石の起源を解明する機会がありました。
2011年の東日本大震災の発生により、飛石の安全性や万一の崩落を心配する声があがりました。飛石の周辺は住宅地で、スーパーも隣接し、何より小中学校も近く、通学路にもなっています。
地元の切実な要望を受け文化庁の承認のもとに、2014年に前橋市教育委員会を中心に、ボーリング調査等を行うことになりました。

平成と旧石器時代の交差点

 

調査は、「岩神の飛石環境整備事業」という大掛かりなプロジェクトであり、巨石の全体像が明らかになりました。高さは10メートル、周囲は70メートルに加え、地中の深さが8.5メートル、総重量が2,098トンであることが計測されたのです。
2,098トンといえば、10トンの大型トラック210台分です。
どこからにせよ、そんな巨大な岩塊が、果たしてこの平野部にたどり着くようなことが本当にあるのだろうか?

現代の科学技術はすごいですね。
放射性炭素の変遷による年代測定とか、ストロンチウム同位体の比較とか、わたくしにはよくわかりませんが、遂にその謎を解き明かしたのです。
飛石の資料と、ボーリングにより得られた地層から、飛石の起源は浅間山であることが確定したのです。地層から得た年代は、24,000年前の浅間山の大爆発により、前橋泥流による流路を経て、岩神の地まで流れ着いたこと、さらに30,000年前にもなる、いわば旧石器時代の浅間山の噴火活動時の溶岩が、岩神の飛石の原形であったことが、証明されたのです。

今、前橋台地の上でしっかりと、また微動だにしないで鎮座する“岩神の飛石”。
東日本大震災との関連で心配された飛石内部の亀裂の拡大は、レーザー計測の結果ほとんど見られなかったとのことです。
まさに地域を守る御神体。何よりの朗報ですね。
飛石は赤褐色の安山岩が主要な物質とのことですが、吾妻川沿い、さらに合流点の利根川の大正橋から坂東橋を経た流路に、非常に特徴の似た、多くの巨石が残されていることも確認されました。
敷島公園のお艶が岩も流路といい、赤褐色の色といい、岩神の飛石と共通の特徴がみられるとのことです。
30,000年といえばすごい時間ですよね。
岩神の飛石の起源が、ほんの10年余り前に解き明かされたんですね。
春には岩神稲荷神社の桜が見事に咲きます。
駐車場もありますので、是非皆様にも訪れていただければ幸いに存じます。

三万年鎮座まします御神体